朗読台本：『スワンの城』

**************************** 僕は、 あの日からずっと 白い城を見つめている。 湖の向こうに、 静かに浮かぶ城。 まるで時間の外側に 取り残されたみたいに、 誰も近づけない、 凍りついた世界。 そこには、 一羽の白鳥がいる。 翼を閉じたまま、 じっと城を守り続ける白鳥。 風が吹いても、 水面が揺れても、 決して羽ばたこうとしない。 どうして飛ばないの？ 答えはない。 でも、 僕は気づいてしまった。 飛べるのに飛ばないのは、 飛んでしまったら、 帰る場所がなくなるからだ。 その姿は、 どこかの誰かに似ていた。 強いふりをして、 傷を隠して、 立ち止まったまま、 前を向くしかなかった 幼い日の僕。 あの城はきっと、 逃げ込んだ心の奥の部屋。 白鳥は、 そこに閉じ込めてしまった 僕自身だ。 もし、いつか 羽ばたく時が来たら、 城は光の粒になって 消えていくのだろう。 その日を僕は、 少しだけ待っている。 ****************************