「余命半年です、ご家族に連絡を」 最初、何を言われたのかわからなかった。 半年? 何が? 誰が? ――俺が? 「……え?」 医者の口は動いていた。 難しい病名。 進行速度。 今後の治療。 珍しい症例。 きっと大事な話をしている。 でも、何一つ頭に入ってこなかった。 ただひとつだけ。 半年で死ぬ。 その言葉だけが、耳に焼き付いて離れない。 「聞こえていますか? 斉藤さん。大変でしょうが、気をしっかり持って」 「……あ、はい」 聞こえている。 でも、理解なんてできるわけがなかった。 まだ二十数年しか生きていない。 仕事だってこれからだ。 行きたい場所もある。 食べたいものもある。 やりたいことだって、まだあった。 なのに。 人生の終わりだけ、急に決められた。 「ご家族へ連絡を――」 その言葉に、少しだけ考える。 親はもういない。 親類とも疎遠。 呼べる相手なんていない。 ……いや。 一人だけいた。 頭に浮かんだのは、 霧島夏実。 俺の最愛の人。 笑うと少し目が細くなる。 いつも敬語で。 少し真面目すぎて。 でも、誰より優しい人。 だからこそ。 ――言えるわけないだろ。 「連絡は大丈夫です。俺、一人もんなんで」 「しかし……」 「荷物とか取りに行きたいので、今日は帰ってもいいですか?」 医者は難しい顔をしていた。 本当なら、そのまま入院させたいのだろう。 でも、どうしても帰りたかった。 現実から逃げたかったのかもしれない。 あるいは。 一人にならないと、壊れそうだった。 「……必ず戻ってきてください」 「はい」 軽く返事をして病院を出る。 冬の空気が、肺に刺さった。 「さみ……」 吐いた息が白い。 寒い。 いや。 寒いんじゃない。 世界が急に遠くなっただけだ。 家に帰る。 必要なものを乱雑にドラム缶バッグへ詰め込んでいく。 財布。 充電器。 着替え。 何を持っていけばいいのかわからない。 半年で死ぬ人間に必要な荷物なんて、誰も教えてくれない。 気づけば、何をしていたのかも分からなくなっていた。 ふと。 手が止まる。 写真立てだった。 夏実と二人で撮ったもの。 変な顔で笑う俺。 少し困った顔で笑っている夏実。 付き合ってすぐの頃。 旅行帰りだったか。 「また来ようね」 そう笑っていた。 また。 その言葉が、胸に刺さる。 ――もう、ないのか。 春も。 夏も。 来年も。 結婚とか。 くだらない喧嘩とか。 子供の名前で揉める未来とか。 何も。 もう。 ない。 「……どうすりゃいいんだろうな」 写真を握りしめる。 喉が震える。 「なんて言えば傷つけねぇんだろ」 息が乱れる。 涙が落ちた。 「畜生……」 奥歯を噛み締める。 「畜生、畜生、畜生……」 死にたくない。 まだ生きたい。 なんで俺なんだ。 なんで今なんだ。 ようやく、幸せになれたのに。 堪えていたものが、一気に壊れる。 「ちくしょぉぉぉぉぉ!!!!」 部屋に響く声。 涙が止まらない。 悔しい。 怖い。 嫌だ。 死にたくない。 まだ、夏実といたい。 もっと、先を見たかった。 気づけば床に崩れ落ちていた。 泣いて。 泣いて。 泣き疲れて。 そのまま眠ってしまった。 (第一話「ヨメイハントシ。」終) これ、1話としてかなり収まり良い。 「余命宣告→絶望」の一本に感情を集中してるから、2話の冒頭バイブ音がめちゃくちゃ入りやすい。
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