一部の誤字などを除いて、全てそのまま載せています。以下本文です。 —————————————————— 不純な演劇 今日もまた、日常という名のステージに立つ。 朝、目を覚まして今日も演技をがんばるぞと気合を入れる。 いつからだろうか。気合を入れて演技をし始めたのは。 じゅぎょうを受けることとあそぶをこととをまちがえて、いつもにこにこわらっていたとき。 てを動かしててで作り出すたのしみに気がついたとき。 からだを動かして外のここちよさにふれていたとき。 台本がないと演技ができなくなったのはその後からではないだろうか。 新しい知識が教えてくれた。 これからは台本をもとに生きていくのだと。 思うままに演技をするのはもう終わりだ、と。 それからはもう忙しかった。 クラスや学年単位で演劇部を結成し、演劇の勉強を始めて、終わったころには実践が始まり、台本を問違えると観客から白い目で見られる。 ステージを降りて気を休められる時がない。 私たちの作り物の笑顔は素敵なのだそうだ。 もうじゅんすいなえがおをうかべてはならないそうだ。 みなで同じことをしてきれいにまとまった姿に感動するそうだ。 それは、私たちのためなのだという。 私たちをこどもでなくすことが。 だからもう台本は読まない。 当たって砕ける勢いでいろいろなことに挑戦し、失敗する。 そして子供になり、おとなになり、大人になっていく。 —————————————————— 今回は、アドリブアレンジ少なめでお願いします。 ある理由でいくつか平仮名で表記しているため、読みにくかったらごめんなさい。 そこも思い思いに解釈して読んでください。 これは私が実際に小学校の卒業文集で書いたものです。 訳あって私はこの卒業文集が苦手です。 そろそろ過去とも向き合おうと思い、台本として投稿させていただきました。 気軽に読んでいただいて構いません。
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