雨でござんすねぇ… こうして雨音を聞いていると どうにも昔のことが恋しゅうなりんす …主さん 覚えておいでかえ? あの晩も こんな雨でござんした しとしと しとしと わっちは格子の向こうを眺めながら ただ、主さんを待っておりんした 主さんは 妙なお人でござんしたなぁ ここへ来なんす男衆なんぞ 大抵は似たようなもの 酒を喰らって 大きなことを申して 銭さえ払えば 女の心まで己のものになると思うておりんす けれど 主さんは違いんした 初めておいでになった晩 わっちの顔を見るなり 「疲れているなら、休め」 女郎屋まで来て女を休ませるお人が どこにおりんしょう 「主さん、何をしにおいでなんした?」 そう尋ねれば 「お前に会いに来た」 …なんて ほんに… ずるいお人でござんす そのようなことを言われては 惚れてしまうでは ありんせんか 秋も暮れの頃 主さんは 赤い椿の簪を一本 わっちにくださんした 「次に来るとき、挿してくれ」 「ようござんす」 そう答えて 次の十五夜に また逢う約束をいたしんした じゃから 待っておりんした 髪を結い 紅を引き 椿の簪を挿して けれど… 主さんは おいでにならなんだ 一日 七日… それでも おいでにならなんだ そして ひと月が過ぎた雨の晩 草木も眠る丑三つ時 とん とん 誰ぞが戸を叩きんす 「どなたでござんす?」 とん とん けれど わっちには分かりんした 「…主さん?」 戸を開けると そこに主さんがおりんした ずぶ濡れで 顔は青白く まるで死人のような、お姿で わっちは怖がるより先に腹が立ちんした 「今まで、どちらへ行っておいでなんした!」 けれど主さんは 何も申さず わっちの髪に挿した椿の簪を見つめ 「……似合うな」 そう言って笑いなんした それだけ じゃから… わっちも意地を張りんした 「もう、おいでなんすな」 「主さんなんぞ……」 「大嫌いでござんす」 嘘 嘘でござんすよ 逢いとうござんした ずっと 逢いとうござんした 「お帰りなんし」と そう言いたかった けれど言えなんだ 主さんは寂しそうに笑って 「そうか」 「…達者でな」 そう言い残し雨の中へ 消えてしまいんした 翌朝 知らされたのでござんす 主さんは、ひと月も前に亡くなっていたと わっちに椿の簪をくだすったあの晩に それから毎年 あの晩になると決まって雨が降りんす しとしと しとしと そして丑三つ時 とん とん 戸を叩く音がする けれど わっちは一度たりとも戸を開けておりんせん 怖いからではござんせんよ もし… もう一度、あのお人に逢うてしまったら 今度こそ ついて行ってしまいそうで …ふふ 笑っておくんなんし 廓の女がたった一人の男を想うて 死んだ後まで待っている ほんに 野暮な女でござんしょう? とん とん 主さん? 今年もおいでなんしたかえ? ふふ… 相も変わらず無口なお人 けれど…今宵は… 開けてみようかねぇ ずっと言えなんだことが一つだけござんすから …主さん? わっちは ずっと…… 主さんのことを…… ふふ……お帰りなんし
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