「お待たせしました、慶太さん」 顔を上げる。 そこには。 笑顔の夏実がいた。 白いマフラー。 少し赤くなった鼻先。 吐く息が白い。 いつもの冬の夏実だった。 「寒かったですよね? すみません、少し準備に手間取ってしまって」 「いや、全然。俺も今来たとこ」 嘘だった。 十分以上前からいた。 でも。 待つ時間すら、愛しかった。 「ふふ、よく言います。慶太さん、昔から“今来た”って言いますよね」 「あー、バレてた?」 「えぇ、だいたい先に来てます」 少し笑う夏実。 その笑顔に、胸が締め付けられる。 あぁ。 やっぱり。 好きだ。 どうしようもないくらい。 好きだ。 「慶太さん?」 「……あ、いや」 駄目だ。 揺らぐな。 決めただろ。 幸せになってほしいんだろ。 だったら。 嫌われろ。 忘れられろ。 その方が、夏実のためだ。 「いきなりなんだけどさ」 心に仮面を被る。 「夏実に、話したいことがある」 少し真面目な声になったからか。 夏実の表情が変わる。 「はい、なんでしょう?」 月が綺麗だった。 昔。 ここで告白した。 何があっても守るって言った。 守りたいと思った。 ……なのに。 「別れよう」 静かな公園。 その言葉だけが、やけに響いた。 「……え?」 夏実の笑顔が止まる。 「もう、興味なくなった」 自分でも吐きそうになる言葉だった。 でも。 止まれない。 止まったら。 全部話してしまいそうだった。 「じょ、冗談ですよね?」 震えた声。 今すぐ抱きしめたかった。 嘘だって言いたかった。 でも。 駄目だ。 「いや、割と本気」 「私、何かしてしまいましたか?」 苦しそうな声。 違う。 何も悪くない。 悪いのは俺だ。 全部。 俺だ。 「いやー、別に?」 わざと軽く笑う。 「なんかさ。いつまでも敬語だし、かたっ苦しいっていうか」 言うな。 もうやめろ。 それ以上は。 「正直、飽きたんだよね」 夏実の顔が強張る。 「最初はさ、お嬢様っぽい彼女って周りに自慢できるかなーとか思ってたけど」 最低だ。 最低だ。 最低だ。 でも。 嫌われろ。 忘れられろ。 「そんなこと……」 夏実の目が揺れる。 「嘘……ですよね?」 声が震えていた。 「そのままの私でいいって……言ってくれたじゃないですか……」 胸が痛い。 呼吸が苦しい。 言葉が刃になって、自分にも刺さる。 でも。 止まれない。 「そんなの嘘に決まってんじゃん」 笑え。 軽く言え。 傷つけろ。 「なんで信じちゃうかな」 ――パァン!! 乾いた音が、公園に響いた。 頬が熱い。 夏実が。 泣いていた。 「なんで……!」 初めて見る顔だった。 怒って。 悲しくて。 壊れそうな顔。 「なんでそんな言葉、平気で言えるんですか……!」 涙が零れる。 「酷いです……あんまりです……!」 初めて見た。 夏実の怒った顔。 初めて見た。 夏実の泣き顔。 全部。 俺が壊した。 「……イッテ」 震えそうな声を無理やり押さえる。 もう限界だった。 これ以上いたら。 絶対、全部話す。 「……とにかく、終わり」 そう言って背を向ける。 後ろから、泣き声が聞こえる。 足が止まりそうになる。 振り返れ。 今なら間に合う。 抱きしめろ。 全部話せ。 ごめんって言え。 ――でも。 できない。 幸せになってほしいから。 俺のいない未来を歩いてほしいから。 「風邪引くから」 足を止めたまま言う。 背を向けたまま。 「……早く帰れ」 そして。 歩き出した。 背中越しに。 夏実の泣き声が聞こえる。 今すぐ戻りたかった。 全部嘘だって言いたかった。 抱きしめたかった。 でも。 もう遅い。 ポケットの中で拳を握る。 爪が食い込む。 痛い。 でも。 その方が楽だった。 気づけば。 俺も泣いていた。 公園には。 夏実の泣き声だけが響いていた。
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