KeiKei2025-12-22 08:14

知らせ虫

2025/12/22 note、他で公開済みの短編。 -- それに気づいたのは最近のことだった。 小さな、本当に小さな点だった。 それがあちこちにある。 いや、いるのだ。 それはいつの間にか、いる場所を変えている。 よくよく見ると、どうやら小さな虫のようだった。 最初は嫌悪感があった。 何しろ身の回りに小さな虫ちらほらいるのだ。 しかし、人間慣れてしまうものだ。 特に害があるわけでもなく、ただそこにいるだけ。 それにこの虫は私以外の誰にも見えていないらしい。 追い払っても、気がつくと同じ場所にいる。 ある朝、いつものようにバスに乗っていた。 やけに虫が多かった。 充満する虫たちに辟易した私は、勤務先の新聞社に遅れるにも関わらず降車した。 その日はこってり上司に絞られたのだが。 翌日の新聞を見て、私の背筋は凍り付いた。 私が降車したバスが事故に遭い、乗客や乗員に死傷者が出ていたのだ。 もし、私が乗り続けていれば事故に巻き込まれていただろう。 それから、私は『虫』を観察するようになった。 指についていた虫。台所で指を切った。 子供の膝についていた虫。転んで擦り剝いていた。 網戸についていた虫。網が裂けた。 虫がついている場所は何かしらの怪我、というより損壊することにはすぐ気が付いた。 ある日、通勤中の電車から、黒い煙のような『虫』の群れが見えた。 私は寒気を覚えると共に、興奮した。 あそこで、今日は何かが起こる。 会社にスクープをとれると連絡を入れ、『虫』の群れを目指した。 そこには、雑居ビルがあった。三階に『虫』達がびっしりと張り付いていた。 いつだ。いつ起こる。必ずあそこで何かが起きるはずだ。 じりじりと時間が過ぎていく。 ふと、私は何を期待しているのだろうと思った、その瞬間。 今や虫に埋もれていた三階が、文字通り爆発した。 ガラス片をまき散らし、炎を上げるその階にはまだ『虫』が飛び交っている。ぞわぞわと、上へと昇っていく。燃えることもなく。 私は必死でカメラを回していた。どこからか悲鳴が上がる。レンズには上の階で助けを求める人が映っている。吹き出る汗を拭おうとカメラから目を離すと、みるみるうちに『虫』に覆われていくビルが見えた。 社内でうだつの上がらなかった私の評価はまちまちだった。スクープ記事は評価されたが、まぐれだろうという声が多かった。 まぐれなんかじゃない。私は『虫』を見ることができる。 『虫』を追いかけていればより大きな事件をスクープできる。 そう、私は確信した。 社内での評価は鰻登りだった。 私は有頂天になっていた。 認められる、というのはこんなに気持ちいいものなのか。 事件が起こる場所には『虫』が集まっている。遠くからでも『虫』が群がっているのが良く見える。ただ町を眺めていれば、大事件の起きる場所がわかるのだ。 気づけば朝の散歩をする健康的な習慣もできた。深夜に走り回り、目の下に隈を作っていたころが懐かしい。 部長の腹に軽く『虫』がたかっているのは肝臓を悪くしているからかもしれない。ちょっといい気味だった。 そんなある日。 日課となった散歩中に、ふと、目の前の女性が何かを落としたのに気づいた。 声をけると、女性が振り返った。 女性の顔はびっしりと『虫』に覆われていた。 ひっ……。 私は思わず引き攣った声をあげた。 波打つその『虫』に埋もれた顔が「ありがとうございます」と澄んだ声で私に話しかけてきた。 私は何が起きたのかわからなかった。 私はこのままこの女性を追いかけるべきなのか。 止めるべきなのか。 いや、止めるとどうなる? 止めたことで『虫』がこの女性についたのか? 混乱しながらも当たり障りのない挨拶をする私を他所に、女性は立ち去って行った。 翌日、女性の変死体が発見された。 顔に酷い傷。傷なんてものじゃない。 あの『虫』の量は異常だった。 おそらくは顔の原型すら残っていないだろう。 私はどうすればよかった。 眠れない夜を過ごした私は、いつもの通り顔を洗った直後。 鏡を見て悲鳴を上げた。 顔には『虫』がわらわらと張り付いていた。 あの女性に声をかけたところを犯人に見られていたのか? 知り合いだと思われたのか? 次の標的は私だというのか。 冗談じゃない。 とにかく普段通りの行動をとっていてはいけない。 会社に休む旨を伝えて、引きこもっていた。 鏡を見るたび、徐々に虫が減っていくのがわかった。 なんだ、変えられるじゃないか。 そう安心した瞬間、罪悪感が湧いてきた。 あの女性は死ななくても済んだのかもしれない。 翌日に鏡を見ると、私の顔から『虫』が消えていた。 ああ、これで私には何事もない。 気分が良くなり、空気を入れ替えようとカーテンを開ける。 町中が『虫』に覆われていた。

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#朗読

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