……そんなに身構えないでください。 私はただ、あなたのお話を整理しているだけですから。 ええ。 確かに、あなたの証言に矛盾はありません。 時間も。 行動も。 説明も。 どれも筋は通っています。 ですが……。 それは、彼が今日亡くなっていたなら。 その前提でしか成立しない話なんですよ。 ……え? どういう意味か、ですか? 簡単なことです。 あなたは、彼のことを誰より知っていた。 だからこそ。 一つだけ、見落としてしまった。 彼には毎晩の習慣がありましたよね。 眠る前に、自分で珈琲を淹れる。 どんなに忙しくても。 どんなに疲れていても。 「この一杯だけは欠かせない。」 そう笑っていたそうですね。 豆を挽く音。 お湯の沸く音。 部屋に広がる香り。 それが、彼の日常だった。 ですが。 昨日の夜だけは違った。 ミルは使われていない。 ケトルも冷たいまま。 マグカップは棚にしまわれたまま。 ……珈琲を淹れた形跡が、一切ないんです。 おかしいと思いませんでしたか? 毎日欠かさない人が。 昨日に限って、それをしなかった。 体調が悪かった? いいえ。 夕方には、新しい珈琲豆を買っています。 「今夜飲むのが楽しみだ。」 そう店員さんに話していたそうですよ。 つまり。 彼は飲むつもりだった。 でも、飲めなかった。 ……ここまで言えば、もう分かりますよね。 あなたは昨日の夜の彼を見ていない。 見ていたなら。 珈琲を淹れていないことに、真っ先に気付くはずですから。 あなたが語ったのは。 昨日の出来事ではなく。 "いつもの彼"でした。 いつもの生活を並べて。 昨日もそうだったと、思い込ませようとした。 惜しかったですね。 本当に、あと一歩でした。 大きな嘘は、とても丁寧に作れる。 でも。 日常だけは、ごまかせない。 その一杯の珈琲が。 あなたの嘘を、静かに教えてくれました。 ……さて。 これでも、まだ。 「何も知らない」と、おっしゃいますか?
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